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王騎将軍は三國志に実在したというのは本当なのか

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この記事の所要時間約 3 分

キングダムの中で不動の人気を誇る王騎将軍

人気投票では羌瘣に次ぐのだとか。

自分もキングダムを読んだ時、その魅力に惹かれ、王騎と謄というなりきりTwitterアカでも作ろうかなと思ったほどです。

「ココココ」「天下の大将軍ですよ」「あんたは違うだろ」など名言は数知れません。

そんな王騎将軍ですが、春秋戦国時代に実在した将軍なのでしょうか。

気になったので調べてみました。

先に言っておきますが、確かな情報ではありません。

三国志に実在したという情報

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三国時代と春秋戦国時代は項羽と劉邦時代の前後で決して交わることはありません。

なので、キングダムで描かれている王騎将軍が三国志に実在するわけはないのですが、たしかに

2人の人物が三国志に登場しています。

ひとりは王基

王基

若くして孤児となり、叔父と暮らした王基は魏の武将だそうです。

陳寿という人が学問と品行の面で王基を高く評価していたそうなので。武勇に優れているというよりは知将のような感じです。

武勇と知勇を兼ね備えた王騎将軍には足元にも及びません。

光栄の三国志では

「魏の将。毌丘倹の乱を鎮圧した。諸葛誕の反乱では鎮圧部隊の正先鋒として出陣し、朱異、唐咨軍を破り于詮を殺した。易学に通じていたという。鎮南将軍。」

と説明されています。

もうひとりは王頎

王頎

この武将は渡辺義浩のビジュアル三国志3000人に掲載されているのですが、そこには

「後漢に仕えた越騎校尉で、192年の董卓暗殺後、報復に攻めてきた李傕・郭汜ら董卓残党軍を迎撃し、敗れて戦死した」

とあります。

また光栄の三国志にも登場します。そこには

「魏の臣。天水太守。鄧艾の指示で、蜀漢討伐戦に参加する。綿竹の戦いで蜀将・諸葛瞻を破って、綿竹城を落城させた。蜀漢滅亡後は任地の天水郡へ戻った。」

とありました。

いかがでしょうか?王騎将軍とは似ても似つかない地味さです。

因みに三国志Ⅶでは

王基が 武力78 知力74 政治63 魅力67

王頎が 武力73 知力53 政治64 魅力78

どちらも凡庸な武将であることがわかります。

関羽雲長ぐらいのデータがあったら納得しますが、これでは王騎将軍が三国志に実在したと言っても納得できません。

そればかりか、腹立たしい気持ちになります。

まとめ

そもそも、王騎は秦国六大将軍の王齕と同一人物ではないかと言われているほどですから、実在したのかどうかを

掴むのは難しいのかもしれません。

ただ、三国志にも王基と王頎という2人の武将がいることを知れたことは収穫でした。

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