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金メダリスト羽生結弦とプルシェンコの固い絆が泣ける

sochi

この記事の所要時間約 4 分


 羽生結弦が金メダルを獲得した。男子フィギュアの金メダルは史上初、冬季五輪の金メダルも女子フィギュアの荒川静香以来の快挙だ。しかし、内容的には羽生結弦もチャンを圧倒したわけではなかったし、チャンも最高の滑りではなかった。それだけに興味は引退表明したプルシェンコと羽生結弦の絆に向いた。

プルシェンコが皇帝と呼ばれる理由

 彼が皇帝と言われるのは02年ソルトレークシティー五輪銀、06年トリノ五輪金、10年バンクーバー銀、今回ソチ五輪団体戦金、世界選手権優勝3回、ヨーロッパ選手権優勝6回、グランプリファイナル優勝4回という実績からくる呼び名ではない。

 2003年日本で半月板を損傷、2005年には鼠径ヘルニアの手術、2013年腰椎の椎間板を人工のものと交換。痛み止めは効かず、強い馬用の痛み止めを使用してソチ五輪に臨んでいる。まさに満身創痍の状態…しかし、いざ舞台に立つと決して弱みをみせず、圧倒的なパフォーマンスで観客を魅了する…それがプルシェンコが皇帝と言われている理由だ。

羽生結弦の憧れの存在

 羽生は小さい時からプルシェンコに憧れていた。プルシェンコの以前のトレードマークであったマッシュルームカットを真似した。09年にプルシェンコがアイスショーのため日本に訪れた時羽生は初めてプルシェンコと話すことができたという。

 「俺を倒したら、おまえの時代だよ」

 通訳を介しての短い会話だったが、羽生はそう声を掛けられたことを鮮明に覚えているという。

 この頃のプルシェンコは金メダリストであり、羽生の夢の存在だった。プルシェンコが言った「お前の時代」それが2014年2月15日に現実のものになる事を、羽生自身は想像できただろうか…。翌年羽生は世界ジュニアで優勝、プルシェンコはバンクーバーで銀…。次第に距離が縮んでいく…。

団体戦が最初で最後の2人の舞台

 羽生は団体戦後にこう言った。

 「実際、彼は僕にとって脚が震えるような憧れの存在です。とにかくこの舞台で一緒に滑れたことが、本当に嬉しいですね」

 そんなプルシェンコの得点を羽生が上回る。この時誰が最後の対戦と予想できただろうか…。今考えても悔しいし悲しすぎる。メダルの色とかそういうことではなく、羽生結弦とプルシェンコの演技を純粋にみて純粋に感動したかった。…しかし、それは叶わなかった。あまりにも突然で衝撃的な引退劇だった。

 羽生結弦がソチ五輪で金メダリストとなったところで、新皇帝を名乗ることは出来ない。プルシェンコがあまりにも偉大すぎるからだ。しかしプルシェンコは羽生にこんなコメントを残している。

 「私は彼のヒーローだったかもしれないが、今は彼が私のヒーローだ」

 …こんな素敵過ぎるコメントを残せる選手が…引退と考えると胸が熱くなる。そして最後に彼はこうも言っている

 「ソチ五輪の後は喜んで(羽生)結弦のコーチになる」

今日のまとめ

 金メダルを獲った羽生とプルシェンコの絆が良すぎる
 単に事実を淡々と貼り付けただけのまとめにしたくなかったので、少しドラマチックに作成した。自分の想いも乗せて作成したまとめが伝わればいいなと思っている。

 羽生結弦の書籍

 

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