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浅田真央が佐藤コーチに金メダル、お堅い紳士と姫の物語

この記事の所要時間約 5 分


 浅田真央が世界選手権で3度目の優勝を果たした。日本人選手が世界選手権を3度制したのは史上初の快挙だという。GPファイナルシリーズの7大会完全制覇の他にまた新しい勲章が浅田真央にもたらされた。そんな世界選手権で印象的なシーンがあった。それは佐藤コーチに捧げた1つの金メダルだった。

佐藤コーチに金メダル

 私もテレビを観ていて一番ジーンと来たのが佐藤コーチに金メダルを掛けるシーンだった。

 Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2014年 2/13号の「浅田真央ソチ五輪特集」の中で描かれていた佐藤コーチと浅田真央の舞台裏が思い出された。

 浅田真央が佐藤コーチに師事したのはバンクーバー五輪後、彼女がさらなるステップへ踏みだそうとしていた時だ。佐藤コーチはスケートの魅力を「スピード」と評し、浅田真央は「ジャンプ」と評している。お互いの価値観の違いは葛藤となって現れ始める。

 佐藤コーチは真央から代名詞である3Aを取ったら、試合のモチベーションが下がる事を加味して、始めの頃の試合は浅田真央の好きにさせたという。しかし、浅田のジャンプは絶不調。ついに3Aが跳べなくなった時、佐藤コーチは「2Aにしていればもっと点が取れていた」と口にしたという。

 その後、佐藤コーチの言うとおり3Aを回避して試合に臨み、好結果を出した時もあった。佐藤コーチの全くブレない指導方法がプライドの高い浅田真央を初めて動かした。そこから徐々に浅田真央は佐藤コーチに感化を受けるようになる。

 例えば、試合前のルーティーン。浅田真央はかたくなに調整方法を変えなかったが、佐藤コーチは常々「20歳を超えた体なら現地入りしてすぐには体が出来上がらない。もっと前の段階から現地入りするべき」と口にしていた。すると浅田真央は海外の試合では男子と一緒に現地入りするようになったという。

 しかし、佐藤コーチと浅田真央の絆はそれだけでは終わらない。なぜなら浅田真央が佐藤コーチを動かすようになったからだ。

お堅い紳士・佐藤コーチ

 「お堅い紳士」佐藤コーチをそう形容するのは同じくフィギュアスケート界の名伯楽で浅田真央の元コーチ、山田満知子だ。指導方法がブレず、自分の育てた選手が高演技をしてもただ拍手を送り、納得した表情を浮かべるだけだった。

 しかし、そのお堅い紳士の心を動かしたのが浅田真央だ。ソチ五輪シーズンの今季、テレビでも佐藤コーチが浅田真央をハグして健闘を称えたシーンが何度もみられた。以前の佐藤コーチにはなかった行動だ。

 さらに、浅田真央は60歳を超える佐藤コーチと二人でカフェに行き、恋バナなど他愛もない話をして過ごす時期もあったという。おじいちゃんと孫ぐらいの立場だが、浅田真央は恥ずかしい気持ちもなく普通にカフェで話をしたりする。

 そういう浅田真央の純粋な屈託のない性格が佐藤コーチとの信頼関係を築き、試合後にハグして迎えるという行動を取らせるのだろう。

 
 「私も変わるから、先生も変わって!」浅田真央のそんな声が聞こえてきそうなエピソードである。

 前にも書いたがこの時のNumberとSports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2014年 3/13号の2つのNumberは是非合わせて読んで欲しい。浅田真央の舞台裏がかなり分かりやすく書かれていて読み応えがある。

今日のまとめ

 浅田真央が世界選手権で3度目の優勝!佐藤コーチにも金メダル
 新しい記事をキュレーションするか、前の記事を更新するか迷ったが結局後者を選んだ。これで、浅田真央の記事は一区切りついたかなと自分の中では思っている。

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