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大河ドラマ 2017 発表された「井伊直虎」とは誰か

この記事の所要時間約 4 分

大河ドラマ 2017年が発表された「井伊直虎」の生涯を描いた「おんな城主直虎」に決まりました。

聞き慣れない井伊直虎という人物について書きます。

井伊直虎とは

直虎は徳川家康の四天王と言われた井伊直政の養母にあたる女性で

遠江(静岡県)の井伊家当主・井伊直盛の一人娘として生まれました。

直盛には男子がなかったため、次郎法師と名付けられました。

幼くして分家の嫡男・亀之丞と婚約し、次の当主の妻となるはずだったが亀之丞の父は今川家に謀反を疑われて殺害。

その後も父・直盛が、今川義元もろとも桶狭間の戦いで討死したり、後を継いだ直親は今川家に暗殺されるなどし、井伊家から男が途絶えていきます。

そんな中、跡継ぎの話し合いによって、次郎法師は男として還俗することになります。

ここで大事なのは「次郎法師」と名づけられたことです。

尼さんになっていたら家督を継ぐことはできませんから、もしもの時に備えて公には男(僧)ということにしていました。

皮肉なことにその裏工作が活きることになり、結果井伊直政、井伊直弼など江戸時代に活躍する歴代名だたる井伊家が存続することになります。

永禄8年(1565年)、次郎法師は直虎と名を変えて井伊氏の当主となってからは、出家させていた直親の子・直政を養子に迎えて英才教育を施し、戦国屈指の武将に育て上げます。

必死に男子の跡継ぎを育て上げたわけです。

天正3(1575)年、虎松(直政の幼名)が15歳になったとき、家康との面会を果たします。

そして家康は直虎に、井伊氏の長年の苦労をねぎらい、虎松の徳川氏への出仕を許します。

こうして井伊直虎は徳川家康の四天王と言われた井伊直政の養母として名を馳せる事になります。

ただ、公に井伊直虎が男であることが知らされたのは江戸時代後期になってからなんだとか…。

ここに、女性が歴史の中でどのように扱われていたのかが分かるような気がします。

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現代に通じるテーマも

大河ドラマの選考に

「その人物が現代に通じるテーマを持っているか」

が基準になるが、どうも働く女性の逞しさを描くという意図があるとのこと。

確かに、戦国の時代に跡継ぎに女性を、しかも最初からずっと男性と偽って城を持つなんてことはよほど強くないとできない。

女性が社会進出して、まだそれでも多くの問題があることはエイジハラスメントなどで描かれている…。

井伊直虎はそんな女社長の奮闘を描いているという意味では確かに現代社会に通じるかも。

花燃ゆの文と比べると、こちらのほうが現実的と言えるかもしれませんね。

それにしても冲方丁さん逮捕の後の大河の発表…。

また光圀伝は遠のきました。

しばらく完全オリジナル作品が続きますね。

2014年大河「軍師官兵衛」

2015年大河「花燃ゆ」

2016年大河「真田丸」

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