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三瓶明雄さんとは2014年6月6日まで農業を愛し続けた偉人

zatugaku

この記事の所要時間約 5 分

 
 何か一つのものを継続するという事は簡単に見えて難しいことだ。自分に合わないという理由で転職を繰り返す人にとっては「継続は力なり」という言葉は一層重みがある事だろう。その言葉を体現されたのは2014年6月6日に亡くなられた三瓶明雄さんだ。

三瓶明雄さんとは?


 昭和4年11月27日生まれの84歳。TOKIOの冠番組「鉄腕ダッシュ」のダッシュ村で『農業の達人」として皆から愛され慕われてきた人物だ。

 この方の凄いところは農業だけでなく、動物の飼育、大工などあらゆる作業の匠であること。

 昭和25年以降ダッシュ村の近くに住み、戦後20年間家族で土地を開拓してきたという。

 最近は、テレビ出演も減り、ダッシュ村のホームページ内にある「明雄さんのにっぽん農業ノート」も更新はされているものの、三瓶さんのコメントはなかった。

 報道によると、体調を崩して入退院を繰り返してきたという。

みんなから慕われていた三瓶さん


 三瓶さんはTOKIOのコンサートを観に来たり、「TOKIOにはデビュー後に加わった6人目のメンバーがいる。」そして、そのメンバーとは農業指導で番組に出演する、三瓶明雄さんという都市伝説のような話まで浮上していた。

 そんなところからも、TOKIOにもまた番組を観ている視聴者にも愛され、慕われていた存在であったかを知ることができる。

 また三瓶さんはDASH村からワシが伝えたかったこと 三瓶明雄の知恵
というタイトルの書籍も発行され、野菜の育て方から五右衛門風呂の作り方まで長年培われてたおばあちゃんの知恵袋ならぬおじいちゃんの知恵袋を披露している。

震災とダッシュ村

 ダッシュ村は放射線で汚染された区域内にあるという。震災から1年が経過した時、鉄腕ダッシュでTOKIOの山口がチェルノブイリを訪れ、除染するためには何が必要かなどを学んでくる回があったがその時に三瓶明雄さんは次のように述べている。
 

 「やっぱりコツコツとやって、向こう(チェルノブイリ)とここ(福島県川俣町)の農業の環境が違う気もするんですよ。だからまず、色々と考えながらもう少し勉強してここのやり方でやってみてさ、自分の土地をやってみてさ、うまくいけばいいと…」

 年齢を言い訳にせず、震災復興にひたむきに携わる決意をこの言葉にみることができ、敬服する。

 そのような、日本を支えてきた方がお亡くなりになられるのは実に惜しいという言葉の他にみあたらない。

今日のまとめ

 お亡くなりになられた農業の達人「三瓶明雄」さんとは?
 こころを込めて、まとめを作成してみた。心よりお祈り申し上げます。

 

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