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ソチ五輪エキシビション、浅田真央が真央ちゃんになった日

この記事の所要時間約 5 分

 ソチ五輪のエキシビションを観た率直な感想は「やはりフィギュアは楽しむためにある」ということ。フィギュアスケートの魅力を知っている人が競技よりもエキシビションの日のチケットを購入する気持ちが分かった気がする。実際、エキシビションのほうが早く売り切れるという。4年に1度のオリンピックで個人、ペア、アイスダンスの上位選手や招待選手が一堂に介してショーをするのだから、それも納得できる。

浅田真央が真央ちゃんになった

 2005年にGPファイナルで優勝した時の笑顔を昨日のことのように覚えている。純粋な笑顔で純粋にスケートが楽しいという滑りをしていた彼女の姿は、競技者浅田真央ではなく真央ちゃんだった。それまで浅田真央というスケーターがいること自体知らなかった私ですら記憶に鮮明に残っている。

 そんな真央ちゃんはいつからか浅田真央選手になり、アスリートとしてオリンピックを目指す競技者になった。笑顔は消え、競技に真剣さがこもる…。時々思った「彼女は今、スケートを楽しんでいるのだろうか」と。それでも、浅田真央が試合に出れば、スコアに注目し、キム・ヨナの動向も気になった。

 そんな浅田真央がエキシビションで真央ちゃんになった。純粋にスケートを楽しむ彼女の姿があった…。これまで彼女に何度感動させられたことだろう…。

 エキシビション後真央ちゃんは「このスマイルを見ている方に伝わればいいなと思って滑りました。くじけそうなとき、辛いときがあっても、笑顔って素晴らしいんだよということを伝えたかった。」とコメントした。笑顔の真央ちゃんが、いつからか笑顔を届ける大人の真央ちゃんになった…また泣かせてくれた。

エキシビションこそがフィギュアスケートの本質

 P.チャンは最後のあいさつの中で「競い合うだけでなく、素晴らしい思い出をありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えた。もちろん、競技の中で生まれる感動もある。競技後のエキシビションだから意味があるのかもしれない。

 ただ、みんなが一つになって円になって、線になって、手をつないで、笑顔で、手を振って…。やはり、フィギュアは競技ではなくエキシビションではないだろうか…。

 スケートを観ようとTVをつける、そこには競技がなく、フェルナンデスが水をぶっかけられ、町田樹がエアギターをし、浅田真央がキム・ヨナが、高橋大輔が優雅に滑る、そんなショーが目の前で繰り広げられていたらそれで十分ではないかと思う。

 エキシビションでもジャンプの時だけひときわ大きな拍手が起こる…そこに違和感を覚えたのは私だけだろうか…。本来の魅力はもっと他にあるのではないだろうか。

 これまでがそうだったように、これからも競技としてのフィギュアは進化していくのだろう、4-4を跳ぶ選手、エイトトリプルが当たり前の時代、技術点、演技構成点では収まりきらない特別な点数も今後出てくるかもしれない。

 フィギュアは本来究極のエンターテイメントであり、みんなを喜ばせるショーだと思う。個人的にはエキシビションありきの競技という位置づけにしてもらいたい。点数で縛ってしまうと本来の魅力が失われてしまうのではないか…。それが今回のソチ五輪を観た率直な感想だ。

 でも、最後に浅田真央が言った「バンクーバーもソチも含めて、最高のオリンピックでした」という言葉に救われた気がする。「良かった」と心から思った。

今日のまとめ

 「みんな笑顔でのびのび滑ってる」…エキシビションっていいね
 いつもは、読み手の事を考えてまとめを作成するので結構時間がかかる。でもこのまとめはかなり適当にした。…流れに任せて、Twitterに助けてもらいながら…。そこに理屈はなく「エキシビションっていいな」ということを伝えたかった…。

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